【全曲解説】Fábio Caramuru『EcoMúsica | Aves』(flau)
ブラジル・サンパウロ出身のピアニストで、ブラジル国内にて、アントニオ・カルロス・ジョビンの研究家としても評価されている、Fabio Caramuru。2016年にリリースされた「Eco Musica」は、ありそうでなかった、ブラジルの動物達と、彼のピアノが向き合った臨場感あるセッションが収録され、多くの日本のリスナーの耳にも届くこととなる。やがて日本ツアーを実現するに至るほど、彼の音楽は日本でも受け入れられ、そして実際に日本に触れたファビオさんも、日本での滞在中の、心の通った交流を始め、多くのインスピレーションを得ることとなる。
そして帰国後にすぐ制作にとりかかり完成させた彼の最新作『EcoMúsica | Aves』は、「EcoMúsica」に続く、同名プロジェクト第2弾としてリリースされ、その内容は、日本の鳥との一大セッションが収録されている。詳細については今回、ご紹介する、Todd B. Gruelさんによる、テキストをじっくり読んでいただくことがこの作品を知る一番の近道だと思う。このテキストは当初、『EcoMúsica | Aves』のライナーノートという形で公開されたものです。このテキスト、本当に詳細にファビオさんの音楽を含め、登場する日本の鳥についても、1曲ごとにテキストを書き上げており、これ以上ない『EcoMúsica | Aves』のガイドとなっております。ぜひこのテキストを読みつつ、アベスの世界をぜひ楽しんでください!(協力:Flau、Fábio Caramuru、Todd B.Gruel)
Text : Todd B. Gruel
Fabio Caramuruの音世界を味わうためには、旺盛な好奇心だけあればよい。
Fabio Caramuruの音楽は、彼の故郷であるブラジル、サンパウロ付近で見られる赤紫色の土、テラローシャ*1) のように彩り豊かだ。植物が育つ土壌を豊かにする、ミネラル、ガス、液体の混合肥料のように、Caramuruの音楽は、人の心に染み渡り、花を咲かせる、映画、音楽、ダンスの融合体だ。彼の音楽は大地に根ざし、かつ精巧である。
彼が選んだ楽器はピアノ:88本の象牙色の鍵盤で、美しい虹を描く若き日のCaramuruの興味は二つの分野にあった。静寂と音の幾何学である時間に基づいたピアノ学習に加え、影と光の幾何学である空間に基づいた建築を学んだ。彼の音楽は、子どもの頃に憧れ歩いた、パウリスタ通り*2) 〜《豪華な庭園と玄関のある緑豊かなヨーロッパ建築が並ぶ》〜 の影響があるにちがいない。
Caramuruの音楽は、しかし、石、鉄あるいはコンクリートではできていない。それは、魂、羽根そして海風でできている。鳥瞰してみれば、彼の音楽は(建築の設計図で使用する)青写真のように明快だ。ハーモニーが融け合った表面で、青い背景に映える真っ白な線のように、鮮明なメロディが現れる。彼が創る世界を歩き回るのに、ヘルメットや特別な技術は要らない。Caramuruの音の世界を味わうためには、旺盛な好奇心さえあればよい。
ブラジルは、コントラストの国だ。非常に多様な地形、平野、山地、湿地、そして森林が取り巻く。『EcoMusica/Aves』
は、Caramuruが、海外を旅し、異なる文化や地形に触れたことから着想を得たものだが、ブラジルの人々や土地が彼の創作の核にある。
『EcoMusica/Aves』は、リズム、メロディ、色彩そして質感の間を、端から端へ飛び回る。収録されている20の曲たちは、次の飛行の前に一瞬、止まり木に止まり、羽根を一振り。フレーズからフレーズへスイスイ飛ぶ。ある曲は雨の中、寂しく食料を探し、ある曲は群れをなして暖かい南を目指す。誕生から最初の飛行、求愛から失恋、巣作りから渡りまで。羽根の生えた魂が注ぎ込まれたEcoMusicaは、それを音楽的に描き出している。Caramuruの創作は、満たされた胃と輝く空へ向けて、感謝を歌う歓びを祝福している。
鳥の嘴や爪を超えて、Avesは、自然界全体を学ぶために進めているプロジェクト、EcoMusicaの延長線上にある。あらゆる種への敬意とともに、EcoMusicaは、さまざまな音と生命のイメージを共有する。Caramuruの創作手法は、自然と同じようにダイナミックに進化している。
EcoMusica/Avesは、Caramuruのこれまでの創作 〜《自然への愛と音楽性を融合させた》〜 の頂点にある。
もしもCaramuruが鳥だったら、優美に水面から空中へ飛び立ち、大西洋の真ん中に、ぷかぷか浮かぶ古い森を天蓋に一休みする、海鳥だろう。20曲の『EcoMusica/Aves』は、特定の鳥だけでなく、特定の人 〜《彼が旅で出会ったファンや友人》〜 に捧げられている。音楽は、愛のように目で見ることができない。けれど、音楽がその静かな羽根で誰かの心の中で囁いたなら、 ^高く高く^私たちを包む空へと引き上げていく。
鳥は歌う。花は咲く。ピアノは空を飛ぶ。
『EcoMúsica | Aves』全曲解説
1. コマドリ
コマドリは、霧が立ちこめる森の中で、か細く鳴く。“シ・シ・シ・シ・シ”。 柔らかでオリエンタルなピアノの糸が、注意深く針穴に通され、編み込まれていく。もしもコマドリが王室の大舞踏会を主催したなら、その衣装は羽根のついた帽子にビロードのケープ、そしてダンスはきっとフランスのバロック様式 〜レースや金のすかし細工で覆われた、宮廷風で滑らかな〜 だろう。
2. ズアカアオバト
ズアカアオバトが繰り返す“ポアポアオオ”という口笛は、五つ穴の日本の竹製クラリネット、尺八の音のよう。Caramuruは軽やかなこの鳥の歌声をDマイナーへと落ちるフレーズで織り込む。熱帯特有の芳香が空中に漂い、松の香りのする湿った風が、繊細な装飾ナプキンのようなカーテンを波打たせる。ズアカアオバトは、パラソルの下、紅茶を楽しみながら眺めるのがよい。彼らが天蓋からフルーツを啄んでいるところを。
3. ヒドリガモ
ヒドリガモの歌声が騒がしいリズムで空中を転げ回る。キーは素早く移動し、ベースのキーは(みなの予想に反して)音が期待される場所に静寂を残していく。ヒドリガモの伸縮自在のリフレインは、不思議なことに、Barbra Streisandの映画『Funny Girl』のオープニングソング“People”*3)を想起させる。しかし、その優雅な雰囲気は、ポップミュージックを超越し、フレージングと品のあるタッチに、フランスの影響を感じさせる。池の雑草から虫をついばむことから、腹ぺこの草食(陸地で採食)として知られる、このか弱い鳥は、“ウィーオー!”と、鋭い鳴き声で、お日様と歓喜とともにかすかに光る。
4. カッコウ
カッコウは別の鳥の巣に卵を産む、才能あるものまね師。オスは、完璧なピッチのEフラットで鳴く。“カッコウ、カッコウ”。Caramuruは、この厚かましい鳥と、いないいないばあをして遊ぶ。その細長い足で油膜の上を伸びて屈んでジグザグと、スケートで滑るように。ある文化では、カッコウは啓蟄を知らせる存在とされる。鳴き声が春の訪れを告げる合図となる。
5. イカル
四つのフルートのような旋律が切れ間なく続き、“キキッコキ”、イカルが靄がかった丘の中腹辺りで叫ぶ。軽やかな翼を広げてはすぼめて、鍵盤は蒸気のように、夜に膨れ上がり、朝に消える。ゆっくりと舞い落ちる雪が心落ち着かせる優雅な始まり。眠気を誘うコードが月を黒く染めて、丸太の下を漂い、梢を越える。ひっそりと動くマイナーキーで。
6. アオバト
子どもの頃、竹の棒を吹いて鳴らした音のように、アオバトは純粋な歓びを歌う、“アーアーオ”。五線譜で、Caramuruが陽気な拍子をはためかせ、鳥のシンプルなフレーズは高地から低地へさっと飛ぶ。恥ずかしがり屋の鳥は隠れたまま、小枝から小枝へスイスイ飛び、森の光の中で羽ばたきをする。
7. ウグイス
日本のナイチンゲール(夜鳴く鳥)として知られるウグイスは、羽根こそ素朴だが、日本文化で珍重されている。俳句や連歌の主題となるだけでなく、古代から糞が美容品として使用されてきた 〜なんと僧侶さえも剃り上げた頭を磨くために使用していたのだ〜 ベートーベンへの敬愛を込めて、鍵盤はCメジャーを滑るように動き、一本のバラから旋律を摘み取る。摘み取ったその花びらを、ふぅーっと吹く。“ホーホケキョ”と高らかに鳴くウグイスが、竹林越しにちらりとのぞく森に向けて。
8. コハクチョウ
重たい頭を上下に振り、鍵盤は儀礼的な行進を練り歩く。長い一日の終わりに、コハクチョウはねぐらへ集う。Caramuruが、ぎこちなく伸びをしては潜り、水浴する群れの回りを、低いキーで縫うように進み、一緒にバチャバチャ水を飛ばす。凍った池に陽が沈み、黒い嘴の鳥達は、のんびりと戯れる。〜ある者は縄張り争いではじかれ、ある者は仲間とじゃれ合う〜
9. チュウシャクシギ
もしもJ.S.Bachが道教の寺院を訪ねたことがあったなら、下向きに曲がった嘴で、沼地で食料を探るチュウシャクシギを見たかもしれない。濡れた砂の上を鋭いステップで、ハスキーボイスのチュウシャクシギは、“ピピピピピピ!”と繰り返しさえずる。鳥が食料を求めて水の中、えいっ、よいしょと歩く中、作曲家は音楽を求めて、遺跡の中を泥濘ながら歩く。(遺跡を遺した)祖先を喜ばせるには十分に、チュウシャクシギはゆっくりと平らかに、けれど豊かなハーモニーで漣を立てる。
10. ホトトギス
ホトトギスは、なんて慎ましやかな鳥なのだろう。でもその翼はどうみても内気ではない。翼は海抜1マイルを越えてこの鳥を運ぶ。水辺に沿ってある雑木の茂った森林地帯でよく見かけ、ビーズのような赤い目が密集した低木の向こうで瞬きする。旋律が静かに繰り返され、ピアノがRichard Rodgers*4)の物腰で、幸福なワルツを揺らす。ホトトギスの鼻歌は、Caramuruの鍵盤を縁取り、優しく上下し、蝶のように舞う。
11. オオヨシキリ
ひっそりとした公園で、太陽の光が梅の花の上でちらちら揺れる。人気のない通りを越えて、オオヨシキリは、テレビのアンテナに止まり、うわさ話に花を咲かせる、“キルキルキルへへへ”。Caramuruは、聖人の辛抱強さと、おしゃべりな社交界の名士のごとくユーモアで、陽気なマーチに転調する 〜左手はピチカートで決まったパターンをつまびき、右手は歓びに沸き立つ鳥とささやく〜
12. クマゲラ
ひゅっと吹く風を、ひと飲みするには十分に細い嘴から発せられる、ゾクっとするようなメロディが、深い霧の中で密やかに響き渡る。とうきび畑(とうもろこし畑)はわずかな風にサラサラと音を立てる 〜『Twilight Zone』*5)によく似合う雰囲気で〜 クマゲラが、鋭い嘴で食べ物を詮索しながら、枯れ木に穴を開けるとき、Caramuruは騒がしい鳥の側に漂い、ハロウィーンパンチ*6)で酔いの回ったマイナーブルースを奏でる。畑の真ん中に案山子が、くにゃっと立てられ、袂からは麦わらがはみだし、ボタンで作られた目が、夕暮れの空から薄れゆく色を眺めている。
13. トラツグミ
ライラックと甘い憧れをいっぱいに抱いて、トラツグミはロマンチックな鼓動を響かせる。Caramuruのピアノがパールのような旋律をペダルで響かせ、音階は上に向かって広がる。トラツグミの機械的なさえずり“トゥイートゥートゥトゥ”を描写して、Caramuruは繰り返す旋律の回りをフレーズの間に空白を置きながら、ゆったりと旋回する。C音階のピロエット*7)で作られた格子模様のレースを添えて…。トラツグミの歌声は、キャンドルディナーにぴったりだろう。
14. メボソムシクイ
柳の茂みの奥に隠れて、メボソムシクイは、しゃがれた声で“チョーチョリ”とおしゃべり 〜その鳴き声にあてて、日本では“銭取り”として知られる〜。 鋭く震わせて鳴く“へへへへへへへ”(メボソムシクイの群れは、カゲロウを探し求めて垣根を行きつ戻りつ。)“samba cancao” *8)をお手本に、失った愛への悲しみを、Caramuruの寂しげなキーが、湿った草の下に滑り落ちる前の、秋の葉 〜赤、黄、紫〜 のように舞い落ちる。
15. ハシボソガラス
あまりにも長い間、Edgar Allan Poe*9)の黒い翼のミューズ、ハシボソガラスは、人々に汚名を着せられてきた。古代ドイツ聖歌の伝統に心からの敬意を表して、Caramuruは、カラスのやかましい“カー、カー”という鳴き声を感情のこもったメロディでやわらげる。賛美歌への共感によって、腐肉を貪る動物という誤解を改めて、と懇願する。やはり、鳥の動き、そしてあの羽毛が誤解を招きやすい…遠くから見ると黒く見えるそれは、実はつややかな玉虫色なのに。
16. ツミ
人形の操りひもから、弾けるメロディをぶらつかせて、“ピョーピョピョピョ”とおしゃべりするツミと一緒に、軽快なピアノが跳ね回る。軽やかなキーをチリンチリンと鳴らし、ジグザグのラインが、上向きに揺れるその前を、ツミが垣根から垣根へと矢のように飛ぶ。餌を求めて静かな庭を旋回し、次の獲物(ヒゲの生えた小動物)を虎視眈々と待ち構える鳥の側で、リズムに乗った鍵盤がぐるぐると回る。
17. ガビチョウ
そのメロディックな歌声ゆえに、ガビチョウは飼い鳥として有名となった。中国語の“お化粧した眉毛”(画眉鳥)にちなんだ名をもつピエロ顔の生き物は、よく他の鳥の鳴き真似をする。Caramuruのピアノが、かすかな風をつかまえている間 〜鍵盤は、校庭の下で背の高い草をさらさらと動かし、ガビチョウは、フェンスにつながれたチェーンのように、キリキリとした口笛を吹く〜 ガビチョウは、空気とともに姿を消す。陽光とともに消えていく、夕霧のように。
18. クイナ
湿地の奥深く、クイナは豚のような金切り声を上げて鳴く。”チャーミング“と呼ばれるクイナは、食料探しや巣作りで身を守らなければならないとき、奇妙な声で”グル、グル、グルーーーーグルッグルーグル“と鳴く。Caramuruはこの翼のある友達を、上品で雰囲気のある三拍子のメロディで真似る。高音のソプラノがきらめく中、ベースがゆったりと進む。
19. クマタカ
「クマタカ」は浮いては沈むピアノとともに始まり、高と低の間を躍動する。クマタカは静かにこずえを揺らす。しかし、素早い鳥は人前に立つと、とたんに雄弁になり、“ポエー、ポエー”と甲高くさえずる。鳥の声とともに完全なキーを響かせて、ピアノは緊張感あるエネルギーを鼓動する。右手が角のあるパターンをポロンポロン鳴らし、左手は休みなく動き続ける。
20. マナヅル
湿った草原をねぐらにしているマナヅルは、ピンクの足と赤い顔ですぐにわかる。鋭く、角度のある、長い首の鳥は、“ギュル”と繰り返しながら大声でわめく。浅瀬で泳ぐツルの頭の側で、鍵盤は、まばらな雄叫びの回りを螺旋状に、上に向かってひらひら飛ぶ。それからまた下へ。鍵盤の真ん中で流れが分岐し、Caramuruが体を張ったコメディーで、遊び心たっぷりのリズムをコツコツと刻む。〜大きな靴と木製の杖で、足を引きずって歩きながら〜
語注
*1) テラローシャ(terra roxa):ブラジル高原に分布する玄武岩や輝緑岩などの火山岩が風化した赤紫色の土壌。
*2) パウリスタ通り:(Avenida Paulista):ブラジル、サンパウロで最も重要な通りの一つ。建設当初は豪華な大邸宅が並び、 ブラジルで初めて舗装された通り。
*3) 『Funny Girl』”のオープニングソング“People” :『ファニー・ガール』(Funny Girl)は、1968年制作のアメリカ映画。ブロードウェイで活躍した喜劇女優ファニー・ブライスの半自伝的ミュージカルを映画化したもの。ファニーを演じたBarbra Streisandが歌う「people」は同ミュージカルのために書き下ろされた劇中のハイライト曲。
*4) Richard Rodgers:アメリカの作曲家。ハリウッド映画やブロードウェイミュージカルの作曲家として活躍。ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』の作曲者として有名。
*5) Twilight Zone:『トワイライト・ゾーン』(The Twilight Zone )はアメリカで1959年から1964年まで放送されたSFテレビドラマシリーズ。
*6) ハロウィーンパンチ:ハロウイーンパーティで振る舞われるアルコール入りのフルーツポンチ。
*7)ピロエット(pirouette):片足のつま先立ちで行うバレエの旋回。
*8) samba cancao:ある種のサンバのリズムを伴うブラジルのポピュラー音楽の呼称。失った愛への悲しみを歌い上げる曲が多い。
*9) Edgar Allan Poe(エドガー・アラン・ポー):アメリカを代表する文学者。詩人、小説家としても活躍。『大鴉』(The Raven)が代表作。