Tsutomu Satachi「The Beginning」(Flyrec.)~優しさに満たされた余韻に包まれて
text : Kenji Terada (PASTEL RECORDS)
佐立さんに会ったのは、たしか4年前ほど前だったか…。2010年当時は、某ディストリビューターが運営するレーベルのディレクションをしていて、そのアーティストのリリースイベントを東京で行ったのですが、その時に、佐立さんと、畠山地平さんとのユニット、ルイス・ナヌークにも出演して頂いた際にごあいさつしたのが最初でした。で、最初でしたというとその後も会ってるのかというと、実はそうではないんですが。
いつもは忘れっぽいんですが、その時の佐立さんの印象は今でも良く覚えている。ちょうど遅めのお昼ご飯を食べた後、会場に戻ると、ルイス・ナヌークのリハが行われていた。神経質な印象を与えるように、マイクのセッティングというか、マイクを通じた自身の声の通り方を慎重に何度も確認している佐立さん。「僕は小さく歌うんで~」とかなんとか言葉が聴こえる。そしてPAの方と、自分のベストのバランスを模索し続ける。これは難しい方かな~?とちょっと挨拶もためらってしまいそうになったのですが、リハが終わり、畠山さんと一緒にあいさつに来てくれたときの佐立さんの、なんとも物腰の柔らかさと謙虚さに、さっきまでリハしてた人と一緒の人なの?とまあ、そのギャップに思わず吹き出してしまいそうになってしまった。
そしてその後に始まったライヴがまた本当に良かったのですが、MCで畠山さんが佐立さんを弄ったり2人キャラがまた微笑ましかったなぁ~。でもひとたび演奏が始まれば、畠山さんの生み出す浮遊感あるサウンドに、佐立さんの宙を漂うかのようなメランコリーな歌が本当に素晴らしくってただただ参ってしまった。イベント終了後、まだ周りに他の出演者がいるにもかかわらず、2人にでかい声で「今日の中で1番だったよ!」なんて、恐ろしいことを言ってしまったくらい…。う~んなんだか今さらなんだけど、他の共演者の皆様ゴメンナサイ!
それから4年…。途中、ルイス・ナヌークのセカンド「丘の上のロメロ」も出てるけど、今回の「The Beginning」は、2005年にリリースした最初のソロ作品「凧の平地」から実に、9年ぶりとなる作品です。それにしてもこの作品、サンプルの音源を7月にいただいてからというもの、これを書いてる9月までで、最も良く聴いた作品となってしまった。単純に前作「凧の平地」と比較するのは間違ってはいるんですが、アーティスト表記が佐立努からTsutomu Satachiに変わった以上に、飛躍と深みがブレンドされた素晴らしい作品なのです。
フォーク/ブルースを下地とした音楽性は変わらずですが、サウンド面では、ルイス・ナヌークの活動を通じた中で表現していた音響的な空間作りが、この作品でも「The Rain」や「sora」「Ryoku-u」といったところで生きている。実際のところ、過度なエフェクトが施されていたりというものでは全くないんですが、彼独特のうたに呼応した、音のない、音と音の間をじっくり聴かせるような…そんな響きを効果的に生み出している。録音もクリアーで、アコーステックギターの響きが、実に静かで美しいし、震える彼の歌声がまっすぐ聴き手に伝わってくる。
リゾネーターギターによるブルージーなフレーズで始まり、エモーショナルで鮮やかに躍動するオープニング「A Tower」、軽やかなタッチで聴かせてくれるミッドテンポの「Corn Sketch」(とある公園でmangnengと2人だけで演奏しているPVが公開中です!)以外は、
ゆったりとスローなもので占められているのですが、弛緩したものではなく、研ぎ澄まされた感性が真摯に伝わってくる。「Hiyodori」なんかは名曲でしょう?
佐立努の歌は、高らかに歌い上げるという印象はまずない。だけど彼の場合、激しく歌い上げる多くの歌手にはない無垢で澄んだ魅力がある。必ずしも歌の持つ強さというのは、デカイ声を張り上げる、ということではない。それは佐立努自身がこの作品で証明してくれている。ぜひこの作品は、静かな環境の中で、彼の言葉と歌に向かい合って欲しい。聴き終えると、きっと優しさに満たされた余韻に包まれることでしょう。
■ アーティスト:Tsutomu Satachi
■ タイトル:The Beginning
■ フォーマット:CD
■ レーベル:Flyrec.
■ 品番:FLYCD-17
■ ジャンル:フォーク
■ リリース年:2014年
<収録曲>
01. A Tower
02. The Rain
03. Hiyodori
04. Corn Sketch
05. Sweet Dreams
06. Sora
07. The Prayer
08. Ryoku-u
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