日本の、planchaより、フィラデルフィア在住のハーピスト、Mary Lattimoreの最新作「At The Dam」がCDリリースされます。本作はGhostly Internationalからヴァイナル/配信のみのリリースでしたが、幸いなことに日本ではCDで手にすることができます。日本でハーピストといえば、ジョアンナ・ニューサムが知られているところですが、個人的に裏方的目線で見た時、Mary Lattimoreはダントツで注目してほしい存在です。
あまり表立って紹介されることもないのですが、最初に彼女の演奏を耳にしたのは、まだフリーフォークという言葉が新鮮だった頃、2007年に、チェコスロバキアのカルト映画「VALERIE AND HER WEEK OF WONDERS」にインスパイアされ、フィアデルフィアのミュージシャンが参加し制作されたサウンドトラックのプロジェクト、The Valerie Projectでの演奏でした。
これ以降でもこの才能豊かなハーピストはこれまで多くの音楽家に引っ張りだこにされてきました。Thurston Moore、Sharon Van Etten、Meg Baird、Julia Holter、Jarvis Cocker、Kurt Vile、Steve Gunn、Ed Askew…決してジャンルとして孤立しない、多様な音楽性と柔軟性を併せ持つ人物だからこそ、メジャー/インディー問わずこれだけのミュージシャンに信頼されているのであろうことが想像できます。
ソロ作としては、2012年にLife Likeからカセットでリリースを皮切りに(この作品は、NYのレーベル、Desire Path Recordingsより翌年2013年に「The Withdrawing Room」というタイトルでアナログリリースされています。)ソロ名義ではあるのですが、レコーディングをギター/シンセサイザープレーヤーであるJeff Zeiglerが手がけており、この後、2014年にはシカゴのスリルジョッキーより「Slant Of Light 」がリリースされているのですが、Jeff Zeiglerとの共作名義となっており、彼女のハープと共に、ギターやシンセを加え、エフェクトを交えながらより空間を歪ませたり、インダストリアルなノイズを加えたりとかなり実験的な側面も垣間見せたりします。
正直なところ、ハープの独創的な響かせ方が素敵だったので、個人的には純粋に、Mary Lattimoreだけの作品を聴いてみたいな〜という思いもあったのですが、2015年に、カセットではあるんですが、「Luciferin Light」という4曲入りの作品をリリースします。まさに宅録的な雰囲気の作品ではあるのですが、彼女のハープの音色を生かしながらも、徐々にエフェクトや逆回転させたような加工や、自身のコーラスを施し、感受性豊かで繊細なアンビエントを生み出しているのです。
そこから今回紹介する「At The Dam」に繋がって行くわけですが、今作も、(ミックスでJeff Zeiglerが参加していますが)、「Luciferin Light」に続く、Mary Lattimoreによる純粋なソロ作品となっています。リリースは、IDM、エレクトロニカ、ロックの印象が強い、Ghostly Internationalと言うのも面白いですが、逆に、Mary Lattimoreの奏でる一見シンプルに奏でられる旋律には、多様な価値観が内包されている表れとも言えるかもしれません。
アルバムタイトルの「At The Dam」は、アメリカの小説家・エッセイストJoan Didionの60・70年代アメリカのカウンターカルチャーに寄せたエッセイ集「60年代の過ぎた朝(英題:The White Album)」から取られたもの。Mary Lattimoreは、2014年にPew Center for Arts & Heritageのフェロー賞を受賞しています、そこでアメリカ国内をロードトリップする助成金を得た彼女は、ステーションワゴンにハープを乗せ、アメリカを横断しながら訪れる土地土地でのインスピレーションをもとに、これまでの彼女のスタイルである、ハープの演奏と、エフェクトを組み合わせこの「At The Dam」を作り上げて行くのです。
ちなみに、彼女のプロフィールでも記載されている使用しているハープのメーカー、ライオン&ヒーリー社は、1889年から続く、シカゴにある、伝統的なハープ・メーカーで、アールヌーボー様式の気品ある彫刻に、美しい凝った装飾のシェーディングが施された、目をみはるデザインと伝統が込められた、ハープの世界では超有名なメーカーです。
そんな、ライオン&ヒーリー社のコンサート・ぺダル・ハープの特徴である、きらびやかで明るく輪郭のはっきりとした音色を生かし、リズミカルで優雅な旋律を刻んでゆくのですが、その残響が徐々にエフェクトによって幻想的な空間に変化して行きます。それはまるで、彼女が感じた、刻々と変わる情景とともに、去り行く記憶の断片を繊細に築き上げるようでもあり、そんな紡がれるサウンドには、時が止まったような瞬間の美しさや、神聖さが宿っているようにも聴こえてきます。
Tracklist
01. Otis Walks Into the Woods
02. Jimmy V
03. The Quiet at Night
04. Jaxine Drive
05. Ferris Wheel, January
06. Mira Built a Bonfire (Bonus Track for Japan)
※日本盤CDは、ボーナス・トラック1曲収録。